授業をしない武田塾は、受験教育のドクトリンを変えるか?

残念なニュースで話題になっている「武田塾」
昔、ポスターを見かけた時は、「何?胡散臭そう」ぐらいにしか思ってなかったが、実績を上げており、今後、受験教育のドクトリンを変えてしまうかもしれない。
これまでの受験教育と言えば、漫画「二月の勝者」にあるように、「父親の財力と母親の狂気」が要因であるとされ、
「良い私学・良い塾・良い講座」に課金したものが圧倒的有利であると言われてきた。
この「良い授業で教わる」ことに勝るものはない、というドクトリンが、「自分でやった方が速い」というドクトリンに負けようとしているのを感じる。
例えば、歴史の教科書4ページを読むのに、授業でやれば30分、雑談や補足資料も加えて1時間ぐらい使うところ、自分で読めば5分もあれば読めてしまう。
これだけであれば、「いや、授業によって多角度的にイメージを得ることで、深く理解し、記憶が定着するのだ」という反論も有ろう。
が、自学者は空いた時間で何度も復習をする。「エビングハウスの忘却曲線」に基づいて、忘れた頃に復習し、効率的に知識を定着させていく。
参考書も、昔は解説が無いと理解できないようなものもあったかも知れないが、今では「読めばわかる」本でないと売れない。
行動回数が多いユニットが戦いを制するのはイメージしやすい。
「課金エントリー」と「参考書独学」のどちらが高い成果になるかは、個体差もあるかもしれないし、私の知見もないところであはあるが、圧倒的なコスト差は間違いなく存在する。
「小学校からオール私学」VS「公立塾無し」だと、2,000万円以上の差はある。実際には小学校6年間の費用が高いので、中学からならコスト差は縮小するだろうし、附属エスカレーターなら塾費用は要らないので、それもまたコスト差の縮小要因となるが、いずれにせよ、数百万円のコスト差が逆転することはないだろう。
では、そのコスト差を負担して得たいもの、「受験の目的」は何だろうか?
難関大学合格(東大・京大・国立医学部)について言えば、元々枠が狭いので、「課金してもなお0.1%しか当たらないレアガチャ」みたいな設定である。確かに医師を始め、高収入の職業に着けば、投資リターンは得られるかも知れないが、受験で挫折する人も当然多くいるので、その確率は考慮する必要がある。ついでにこのガチャは「無課金勢も当たりを引くことがある」
それでも、中堅以上の大学に進学すれば、大手企業の就職への道が開ける、ということはあるだろう。これは、難関大学合格よりも当選者が多いという意味で確率は高いが、リターンは大きくない。大手企業の中でも高収入高待遇の枠は非常に小さいのが実態で、多くの場合は成果主義の結果であり、学歴は前提条件の一部でしかないか、前提条件ですらないこともある。
そもそも、「将来お金で困らないように」投資するのであれば、今ならジュニアNISAで、全世界あるいは全米のインデックス投資をした方が良いのではとも思う。ジュニアNISAは2023年末で廃止となるが、それでも240万円は投資できるし、その後も類似の制度(非課税枠の設定)が残ると思われる。
では、「私立附属中高に進学させて、大学受験で苦労しないように」とか「公立校は荒れているので、私立に入れたい」というケースはどうかというと、これは人それぞれで価値(状況・環境)が違うので、何とも言えない。ということになるかと思う。
大学受験のストレスは非常に大きいので、そこで苦労させたくないという気持ちは良く理解できるが、地方ではその選択肢が無いこともある。
また、公立校が荒れているというのはよく耳にはするが、荒れていない公立校が無いとも限らない。
優秀な受験成績であれば、私立では特待生に選ばれて、授業料が減免されることもあるだろうから、「公立の方が経済的」とも言い難い。
結局、人それぞれで「受験の目的」と「目的を達成するための手段」を考えて選択するしかないのだが、「課金授業にエントリーするだけが受験教育ではない」という視点は、今後、重要な選択肢になってくると思う。
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